第3章「携帯ストラップ」
「あのエンディングはないよ、悲しすぎるよ」
「そうかな〜、僕は感動したけどなあ」
と、つい最近レンタル開始になった映画の内容についてお互いの意見を交え、会話を楽しんでるその相手は、憧れのあのひとみさんである。
お互いの距離を縮めるきっかけになったのが映画の話題であった。数日前、商品として陳列されている映画のDVDパッケージを見るともなく見ていた僕をひとみさんが見つけ、話を切り出した、
「映画好きなの?」
「ちょっとだけ」
「そっか、何系が好きなの?」
「特に好きなジャンルはないけど、時間潰しにはもってこいでしょ」
とひとみさんの質問を僕ははぐらかした。しっ、しまったと心の中で舌打ちをした。なんで僕はもっと気の利いたセリフを言えないんだろうかと自分を責め、うつむいた。こんな発言をしてしまった裏側には、映画に対する博識度合いをひけらかせない照れが含まれていた。
ただ、ひとみさんは僕の発言に対して全く動じずに、自分の好きな映画、最近観た映画の話題、好きな映画音楽を着メロにしている事などを並べ、話を一方的に続けた。話しの内容からひとみさんがミーハー的映画志向の持ち主だということがわかった。好意をもった相手の志向がどんなに悪かろうがそれはそれでありだなと納得出来てしまうところが不思議だ。
「うそー感動した?シンくんはきっと感性が鋭いのかもね」
「そんなことないですよ。感じ方なんて人それぞれですよ」
「そう、人それぞれ…」
「…」
「…」
どっ、どうしたのひとみさん?なんか僕マズイこと言った?
「実は…」
とひとみさんが先ほどまでとは違うトーンで話し始めた、
「実は最近、友だちの友子が軽いストーカーにあってて、いろんな人に相談しているみたいなんだけど、私以外の人は取り合ってもくれないんだって。それって友子の思い過ごしでしょとか、たまたま何度かはち合わせただけでしょとか」
とひとみは自分の事のように顔をうつむかせ、表情を堅くした。
ひとみさんと友子さんとは幼稚園からの幼馴染みで、今でも仲良く遊ぶ友だちらしい。ただ、話を聞いていく中で二人はオセロの白黒のような対照的な存在で、例えてみるならば、ひとみさんは10人の男がいれば間違いなく9人の男が好意を持つであろう容姿を備え、活発な性格、一方の友子さんは今まで彼氏が出来た事もなく、引っ込み思案な性格。僕なんかが余計なお節介かもしれないけれど、お互いの関係がうまくいっているのが不思議なぐらいの二人である。
「友子は確かに見た目は良くないかも知れないけど、芯のある子なんだよ」
ひとみさんは僕に友子さんの短所を上回る長所を伝えたいつもりなのだろうけど、今イチ伝わってこない。
「そんな友子に好意を抱くストーカーの存在をみんな当然のように否定しているけど、私は友子自身の本当の良さを知っているから、好意を抱くストーカーの気持ちもわからなくはないけれども、でもそれ以上に友子がかなり精神的に追い詰められているから、私は友だちとして何とかしてやりたいんだ」
僕はひとみさんが『人それぞれ』という僕の言葉に反応したことを思い返した。ひとみさんはきっと、世間のほとんどの人が無意識の内に自分の尺度、価値観にて他人のことをみているという事を忌み嫌い、その紛れもない事実への憤りを僕の何気ない発言が代弁してしまったんではないだろうかと思い当った。
友子=不細工=男が寄り付かない
ひとみさんの熱弁によって僕もこんな画一的な方程式は決して当てはまらないと信じて疑いようがなくなった。
ふと、興味本位が身体中にわき上がってきた。それは、友子さんの容姿である。僕は次の瞬間、
「友子さんの写真とかってもっています」
「あるよ」
「見せてください」
ひとみさんの動作が一瞬止まった。僕はそれを見逃さなかった。
「ちょっとまってね」
ひとみさんが事務所に置いてあるバックから携帯を取り出してきて、操作し始めた。原色のかわいらしい携帯ストラップが前後左右に揺れる。僕は店内に注意を向けつつ、その携帯ストラップを見るともなく見ていた。
「あっ、これこれ、一緒にカラオケにいった時の」
と僕の顔の前に携帯の画面を差し出す。画面には4人の若い女の子が映っていた。
「どの子?ですか?」
「右から2番目の子」
「…」
幸が薄いという言葉がぴったりとくる顔がそこには映し出されていた。薄い、とにかくすべてが薄い。目、鼻、唇、どれもがはかなく配置されていた。ただ唯一薄くないのは肌である。思春期にニキビが酷かったのか表面がクレーターの様にでこぼこになっていて、肌が白いのだけれども遠目で見る限りではまだらにくすんで見える。
「この子が友子さんですか」
「そうだよ」
「…」
ドン。
突然、レジカウンターに買い物カゴを置く音が響いた。一瞬、助かったと思った。あんな顔を見せられて一体なんてコメントしたらいいのか分からなかったからだ。
「いらっしゃいませ」
客の顔を見ることなくレジを打ち始める。
「横井さん?」
突然、目の前の客から発せられた声に戸惑いぎみに手を止め、顔を上げた。そこには先日、隣に引っ越してきた隣人が立っていた。
「あっ、どうも」
僕はその隣人の名前すらも覚えていない。
「こちらで働かれていたんですね」
「はい」
と愛想なく答え、レジ打ちを再開し、会計を済ませ、もう少し話をしたそうな隣人を遮るように、
「ありがとうございました」
「あっ、じゃあまた」
ひとみさんが無表情で
「知り合いの人?」
「アパートの隣人です」
ひとみさんは僕に質問しておきながら、全く聞いてない様子で僕の隣人の背に視線を走らせていた。